2020年の時の話です。
新型コロナの影響で中国から一時帰国している日中ハーフのほんちゃです。
2019年から2020年にかけて、私の人生は目まぐるしく変化しました。
新卒で入社した大手メーカーを10か月で退職し、中国のシリコンバレーと呼ばれる深センへ単身語学留学。その後、ビジネスを学びつつ日本語学校を設立しました。
コロナの影響で計画が大きく狂い、一時帰国を余儀なくされました。
この激動の数年間を記録として残したいと思います。
コロナ禍で生活や人生が一変した方も多いでしょう。
そんな皆さんと共感できる部分があれば幸いです。
特に、
- 今の仕事や生活環境から抜け出したい
- 自分のやりたいこととは違う毎日を過ごしている
という方に、ぜひ読んでいただきたいと思います。
1. 自己紹介

学生時代(20〜22歳)
日本の文系大学で、ごく普通の大学生活を送っていました。
友人と遊んだり、英語を勉強したり、アルバイトをしたりと、大学時代はかけがえのない思い出です。
新卒社会人(22〜23歳)
大学卒業後、大手メーカーに新卒入社し、ルート営業を担当。
社会の仕組みやビジネスの基礎を学びました。
その後、会社員生活に違和感を感じ、わずか10か月で退職。
中国留学(23〜24歳)
中国・深センへ単身語学留学。
ここで多くの起業家やビジネス志向の仲間と出会い、日本語学校設立を決意。
日本語学校設立(25歳)
深センの近郊・東莞で日本語学校を開校。
しかし、コロナの影響で一時帰国。
日本では、大手語学学校でアルバイトをしながら、事業の再開を模索中。
※2025年現在は日本語学校を閉鎖しております。
日本語学校を中国広東省東莞をなぜOPENしたかは下記の記事で書いています。👇
2. この2年間を振り返って

会社員時代の苦悩
新卒で入社した会社では、毎朝の通勤ラッシュ、ストレスの多い環境に耐える日々。次第に心がすさんでいきました。
「このままではダメだ…」
と強く感じ、環境を変えるために中国へ行くことを決意しました。
深センでの新しい価値観
深センでは、キャッシュレス化が進んでおり、街には活気があふれていました。多くの起業家やビジネスをする外国人と出会い、日本とは全く異なる働き方を目の当たりにしました。
3. 2019年:中国での生活基盤づくり

出会いとビジネスのきっかけ
深セン大学での語学留学中に、日本の広告会社社長の息子と出会い、日本語学校を立ち上げることを決意。
さらに、韓国人やロシア、ウクライナのクラスメイト、日本からの駐在員の奥様方など、多様な人々と交流しました。
語学を学ぶには、現地にどっぷり浸かるのが一番だと感じました。
約1年半で日常会話レベルの中国語を習得できました。
4. 中国での日本語学校設立

物件探しと開校準備

深センの物価は高いため、家賃の安い東莞で物件を探すことに。授業のない日を利用して現地を回り、最適な場所を見つけました。
集客戦略

美団(中国のホットペッパーのようなサービス)に広告を出稿。1年間で1万元(約16万円)の投資で、生徒を集めることに成功。
教育方針

中国人向けの日本語学習教材「标准日语(標準日本語)」を使い、日本語授業を開始。徐々に生徒が増え、順調なスタートを切りました。
5. コロナによる日本への一時帰国

2020年、コロナの影響で学校を一時休業。
日本へ戻り、オンライン授業を継続しながら、現地スタッフと協力して運営を続けています。
日本では、語学学校でアルバイトをしながら、事業の再開に向けて準備中です。
※2025年3月現在は閉鎖しております。
6. 2021年の抱負

人生は一度きり。
行動を起こすことで、新しい道が開けることを実感しました。
この経験が、今後のキャリアにどのように繋がるのか楽しみです。
2025年現在は営業代行フリーランスとして日本で活動中です。
引き続き挑戦を続けていきます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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